水谷修さんをご存知ですか?

『水谷修さん』というと分からないかもしれませんが、『夜回り先生』といえば恐らくご存知でしょう。

普段は忙しくて中々テレビを見ないのですが、先日何気なくつけたテレビで特集番組を放送していました。
その中でクラスメートからの虐めから登校拒否、そして自殺願望を持つようになってしまった男の子ことが取り上げられていました。
最初は自殺をほのめかしていたその子も水谷先生との出会いで生きる意味を見出ししつつあったのですが、そんな最中、かつて虐められたクラスメートと偶然会ってしまい、その時相手が発した一言で睡眠薬をOD(オーバードーズ=過剰摂取)してしまったことが元で亡くなってしまいました。
その子と同年代の息子も黙ってその話に耳を傾けていました。
何か息子の心に響くものがあったかもしれません。

私にも悪気なく言った一言で人を傷つけ、また傷つけられたりしたという経験があります。
誰しも多かれ少なかれそういった経験をお持ちでしょう。
でも子どもの世界では表現があまりにストレートで、時にはとても残酷なことがあります。
また思春期という子どもから大人へと心身ともに成長するとても不安定な状態にあるため、言う側も言われる側も更に輪を掛けてしまうかもしれません。

しかしそれとは逆に言葉によって救われることもあります。

10代の終わりから20代に掛けて、様々な要因が重なって家族がバラバラになってしまった時期が私にもありました。
自分の居場所がなくて自分が誰かに必要とされているのか、今の私からは想像できないほど精神的にとても不安定で、誰にもそれを相談できず苦しんだことを覚えています。
でもそんなときにホームステイ先でアメリカの家族と出会いました。
1ヵ月半のホームステイを終え別れるときに、『例え離れていてもいつも貴方のことを愛していることを忘れないで。貴方は私たちの大切な家族なのだから』と言われたことは、今思い出しても涙が出るほど大切な言葉です。

水谷先生も、今の子たちは自分たちが必要とされている、そんな実感が欲しいのだと番組の中で言っていました。
民族性かもしれませんが、日本人はとかく言葉の表現が苦手です。
それでも私たち大人のちょっとした一言で救われる子もいるのかもしれません。

忙しいととかく忘れがちですが、息子にそんな一言を毎日掛けられるよう、心がけていきたいものです。
ローマは一日にしてならず。
何ごともちょっとしたことの積み重ねなのです。
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by livingwithcats | 2005-11-07 23:15 | 日常
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